〜相手を変えようとするのをやめたら、私の心が軽くなった〜
「勉強しなさい」「片づけなさい」
子どものことを思うあまり、つい口うるさく言ってしまう。
夫に「こうしてほしい」とお願いしても、なかなか変わってもらえずイライラしてしまう。
友人から悩みを相談されると、自分のことのように考え込んでしまう。
そんな経験はありませんか?
以前の私は、まさにそうでした。
家族のこと、子どもの将来、周りの人の悩みまで、いろいろなことが気になって、いつも頭の中がいっぱいでした。
そんな私の心を軽くしてくれたのが、書籍『嫌われる勇気』で出会った**「課題の分離」**という考え方です。
今回は、この考え方を知って私の子育てや人との関わり方がどのように変わったのか、お話ししたいと思います。

「課題の分離」とは? それは誰の課題なのか
「課題の分離」とは、自分の課題と相手の課題を分けて考えることです。
例えば、相手に自分の気持ちを伝えることはできます。でも、その言葉をどう受け止め、どう行動するかは相手が決めることです。
その結果を最終的に引き受けるのは誰なのか。
そう考えることで、自分が向き合うべき課題と、相手に任せるべき課題が少しずつ見えてきます。
私は以前、相手の課題まで自分が何とかしなければと思い、必要以上に悩んでいました。
けれど、相手を大切にすることと、相手の人生を自分が背負うことは違うのだと気づいたのです。
子どものためと思っていたのに、苦しめていた私
以前の私は、子どもの勉強にとても厳しくしていました。
「勉強しないと授業についていけなくなる」
「将来困らないように、今からしっかり勉強させなきゃ」
そう思い、学校から帰ってくると、私が用意したプリントと宿題を終わらせてから遊ぶ、というルールを作っていました。
子どものためだと信じていたのです。
でも、子どもは嫌がり、時には泣きながら勉強していました。
今振り返ると、あの頃の私は、子どもの気持ちよりも「勉強させなければ」という自分の思いを優先していたのかもしれません。
勉強が終わらなければ自由に遊べない。
そんなプレッシャーを与え、かえって勉強を嫌いにさせてしまったのではないかと反省しています。
本当は、絵本を一緒に読んだり、いろいろなことに興味を持てる機会を作ったりして、「学ぶって楽しい!」と感じてもらいたかった。
周りの子が勉強しているからではなく、自分自身のために学びたいと思えるようになってほしかったのです。
見守ることも、親にできる大切なこと
「勉強するかどうかは子どもの課題」
そう考えるようになってから、私は少しずつ子どもとの関わり方を変えました。
もちろん、親として何もしないということではありません。
学びやすい環境を整えること。
困っていたら相談に乗ること。
必要なときには声をかけ、助けること。
そして、子ども自身の力を信じて見守ること。
それが私にできる大切な役割だと思うようになりました。
すると、不思議なことに私自身の心が軽くなり、子どもとの関係も穏やかになっていったのです。
3人の娘、それぞれの成長が教えてくれたこと
この話を書き始めた頃、長女は高校受験を控えていました。
それまでは遊ぶ時間も多く、「この子は将来大丈夫かな」と心配することもありました。
けれど、周りの友達が受験勉強を始めると、自分でも頑張ろうと思ったようで、自然と机に向かう時間が増えていきました。
私が何度も言い聞かせるより、本人が「やろう」と思う気持ちが大切なのだと感じました。
次女はバスケットボールが大好き。
週のほとんどをクラブ活動に費やし、家で勉強する時間はそれほど多くありませんでした。
それでも、放課後に宿題を済ませ、自分なりのペースで頑張っていました。
何より、夢中になれるものに出会い、礼儀や思いやり、責任感を身につけながら成長していく姿が、とても嬉しかったのです。
そして三女。
三女の成長には、いつも驚きと感動をもらっています。
鉛筆を持って一本の線を描けること。
学校で自分のペースで新しいことを学べること。
「自分でやりたい」「やってみたい」という気持ちを持って挑戦すること。
その一つひとつが、私にとっては奇跡のように感じられました。
三女が一生懸命に成長していることを思うと、感謝の気持ちでいっぱいになりました。
3人の娘は、性格も得意なことも、成長のペースも違います。
でも、誰かと比べる必要はありません。
それぞれが自分らしく成長している姿を見ると嬉しくなります。
そう思えるようになったことは、私にとって大きな変化でした。
夫婦だからこそ、考え方が違ってもいい
夫婦関係でも、「課題の分離」は私の心を軽くしてくれました。
「どうして分かってくれないの?」
「これくらい、言わなくても分かるでしょう?」
そんなふうに思い、イライラすることがありました。
でも、夫婦であっても、それぞれ違う環境で育ち、違う価値観を持っています。
自分にとっての当たり前が、相手にとっても当たり前とは限りません。
自分の希望や気持ちを丁寧に伝えることは、私にできること。
でも、それをどう受け止めるかは相手が決めること。
もちろん、お互いに話し合い、協力することも大切です。
そのうえで、相手を自分の思いどおりに変えようとしすぎない。
そう考えるようになってから、以前よりも気持ちに余裕が生まれました。
友人の悩みを、自分の悩みにしなくてもいい
友人から悩みを相談されると、以前の私はその後もずっと考え込んでいました。
「どうすれば解決できるだろう」
「何かしてあげられないかな」
相手のことを思うほど、自分まで疲れてしまうことがありました。
でも、今は少し違います。
相談してくれたことに感謝し、気持ちに寄り添い、話をしっかり聞く。
助けを求められたときには、自分にできることを考える。
けれど、最終的にどうするかを決めるのは、その人自身です。
寄り添うことと、相手の悩みをすべて背負うことは違う。
そう気づいてから、友人を大切にする気持ちはそのままに、自分の心も大切にできるようになりました。
相手を大切にしながら、自分の心も大切に
以前の私は、周りの人のことを心配するあまり、自分ではどうにもできないことまで抱え込んでいました。
でも、「それは誰の課題だろう?」と考えるようになってから、少しずつ心が軽くなりました。
相手を信じて見守ること。
必要なときには手を差し伸べること。
そして、自分にできることを精いっぱいすること。
それだけでも、人との関わり方は変わっていくのだと思います。
大切な人だからこそ、心配になることもあります。
でも、相手には相手の人生があり、自分には自分の人生があります。
おわりに 相手を尊重し、自分の心も大切に
もし今、誰かのことで悩み、心が疲れている方がいたら、一度だけ考えてみてください。
「これは本当に、私が背負うべき課題なのかな?」
その問いかけが、あなたの心を少し軽くしてくれるかもしれません。
あわせて読んでいただきたいお話
『嫌われる勇気』から学んだことを、私自身の経験とともに綴っています。
気になるお話から、ぜひ読んでみてください。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
参考書籍
『嫌われる勇気 自己啓発の源流「アドラー」の教え』
岸見一郎・古賀史健 著
※この記事は、書籍から学んだ考え方をもとに、私自身の経験や感じたことをまとめたものです。


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