「苦しいときに支えてくれた、忘れられない二人の先生」〜人生に残るかけがえのない宝物〜

心・生き方

人の一生には、さまざまな出会いがあります。

すれ違うだけの人もいれば同じ時間を過ごす人もいます。

中には、出会った人が、これからの人生の心の支えになってくれる人もいます。

私たち家族にも人生を変えてくれた大切な人との出会いがありました。

苦しくて心が折れそうな時に、そっと寄り添い支えてくれた人の存在は、何もない時には気づけないほど大きく、温かいものです。

今回は、私たち家族にとって今でも心に残る、素敵な二人の恩師との出会いについてのお話をしたいと思います。

私は、今まで先生とはただ子どもたちに勉強を教えてくださる方だと思っていました。

けれど、私たちが出会った二人の先生は、苦しみの中にいた娘たちに寄り添い、母親の私の心まで支え、家族全体を明るい方向へ導いてくれました。

今振り返っても、あのとき先生たちに出会えていなかったら、私たちはどうなっていただろうと思います。

一人目の恩師は長女が小学校5・6年生でお世話になったS先生です。

長女は中学3年生で修学旅行へ行ってきた際、一番先に選んだお土産はS先生に渡す物だったそうです。

長女にとってS先生は今でも大切な存在で、時々、次女の小学校のお迎えで、S先生に会えるのを楽しみにしています。

修学旅行のお土産を渡して帰ってきた時もハイテンションで嬉しそうにS先生のお話をしてくれました。

そんな長女ですが、実は保育園時代からずっといじめに悩んでいました。

理由は「障害児の妹がいるからお前もお前の家族も頭がおかしい」という男の子を中心としたいじめ。

そして、なぜか一部では、親も一緒になってあの家とは関わらないようにという雰囲気ができていました。

障害児を育てる家族に向けられた、周囲のこわい目。

障害のある子供を育てるだけでもつらいのに、周囲から向けられる心ない言葉や視線は本当に悲しかったです。

その時仲良くしてくれていた女の子たちも、長女と一緒にいると自分も標的にされると、徐々に離れていきました。

小学校に入ると、学校に行きたくないと泣く長女に悩みました。

無理をさせてはいけないと思いながらもこのまま学校へ行かれなくなったらどうしようという不安がありました。

障害のある三女のことで悩むだけでも、心にも時間にも余裕はありませんでした。

さらに長女まで学校へ行けなくなりそうで、私はどうしたらいいかわからなくなってしまいました。

そのようなことが続き、小学4年生頃から長女は、我慢していたものが爆発してしまったのか、家では大きな反抗期を迎えるようになりました。

勉強はしない、言うことは聞かない、すぐに暴言を吐く。

私が三女のお世話で手一杯になってしまったせいで長女の気持ちをうまく受け止めてあげられなかったのが原因だったのだと思います。

私はさらに悩み続けていました。

そんな時、小学校5・6年生で長女の担任をしてくださったS先生と出会いました。

長女にとってS先生は神様のような存在でした。

S先生は長女が学校で困っていることはないか、嫌な思いはしていないか、いつも気にかけてくれました。

長女はそんなS先生の優しさに、徐々に心を開くようになり、悩み事をS先生に相談するようになりました。

S先生はいつでも優しい笑顔で長女の気持ちを受け止めてくださいました。

S先生は普段から率先して生徒たちと関わってくれたそうです。

休み時間になるとみんなが先生の教卓を囲い、悩み相談や恋愛話で盛り上がり、S先生の上手な誘導のお陰で長女も徐々にその輪にとけ込め、みんなと仲良くなれました。

そして、いつもクラス全員の様子をしっかり見守り、さみしい思いをしている子がいないか気を配りながら生徒のどんな変化にも気づいてくれたそうです。

そして長女から、「何事にも否定形を使わず、まずはその子の気持ちをしっかり受け止めながら、適切なアドバイスをしてくれるのがS先生と私の違いだ」と指摘されてしまった時は反省しました。

ついつい、すぐに小言を言ってしまうのが私の悪い癖です。

娘が嬉しそうに話してくれるS先生との出来事や生徒との接し方の話を聞いていろんなことを学ばせていただきました。

娘が今でも大切にしている物があります。

それは、連絡帳。

翌日の授業の予定を書き、その下には学校での出来事や気づきを書く欄があるのですが、娘はなんと、推しの話や恋愛相談などを書いていました。

私は恥ずかしくなって「連絡帳は交換日記じゃないんだよ。ちゃんと書きなさい。先生に失礼でしょ。」と叱りました。

けれど、私はその後、涙が出てしまいました。

S先生はちゃんとそこにもコメントを書いてくれていたのです。

時々、「学校での出来事も教えてほしいな」とさらっと書かれていることもありました。

そして、長女が学校での出来事をしっかり書けた時には、たくさん感想を書いてくれました。

あれだけ嫌だ嫌だと言ってやらなかった勉強も、S先生の授業は楽しいから頑張れると、自分から進んでできるようになり、S先生に褒めてもらいたくて、テスト勉強も一生懸命にやるようになりました。

私はつい、「これは当たり前」「〇〇しなさい」と正しい答えをそのまま子供に伝えようとしてしまいますが、それでは子供に届かないこともあります。

S先生は、子供の考えや気持ちを否定せず、まずは受け止めてくださり、その後も答えを教えるのではなく、子ども自身が大切なことに気づいて行動できるのを待ってくださいました。

S先生の生徒との関わり方に、私はとても感動してしまいました。

そして、わたしにも今、大切にしている物があります。

それはS先生が保護者宛に月に数回発行された学級通信。

一番最初にいただいた、S先生の自己紹介のお便りから、既にS先生の人柄の良さが伝わってきました。

自己紹介、家族のこと、育ちや趣味、クラスへの思いなどご自身のことが詳しく書かれていました。

一般的な担任紹介では、お名前や担当教科など、限られた情報しかわからないこともあります。

けれど、S先生は最初の学級通信で、ご自身のことを詳しく紹介してくださいました。

そのおかげで、先生の人柄を知ることができ、とても親近感が湧いたのを覚えています。

そして、毎回いただく学級通信も、とても心のこもったものでした。

こどもたちの普段の様子はもちろん、成長した部分や生徒同士での関わり方での工夫など、普段から子供たちの様子をしっかり見てくださっているから気づける出来事など私たち保護者にも丁寧に伝えてくださいました。

そして、S先生の素敵な感情が伝わってくる文章が私はとても好きでした。

大きな反抗期を迎えて大変だった長女、その姿にどうしていいかわからず途方に暮れていた私を救ってくださったS先生。

今でも長女と私の間では癒やしの先生として素敵な思い出になっています。

長女にとってS先生は、これからの人生を良い方向へ歩いていくための最初の道しるべになってくださった方です。

素敵な先生との出会い、先生からいただいた優しさや言葉は長女にとって一生の宝物になっていくと思います。

そして、S先生からいただいた宝物を胸に、長女には、周りの人にやさしく、悩んでいる人がいたら、その痛みに気づき、そっと手を差し伸べて寄り添える人になってほしいなぁと思います。

二人目の恩師は、私にとって今でも心に残る大きな存在の方です。

三女が支援学校で1年生から3年生までお世話になったY先生です。

私は、三女が生まれてからずっと悩み続けていました。

三女の障害、両親の介護、上の子供たちのこと、そして自分自身の特性。

精神的にも肉体的にもボロボロでした。

どうして自分だけが次から次へこんなに苦しまなければならないのかと落ち込む日々でした。

私の中で一番負担に感じていたのは三女のこと。

かんしゃくはひどい、毎日夜中に起きる、寝不足で機嫌が悪い、学校へ行かないと大暴れする。

車内では大騒ぎしていつか私が事故を起こしてしまうのではないかという不安。

小さな子供であれば騒いでいても抱き上げて連れていけばいい。

けれど、小学生くらいになると体格も大きくなり、小柄な私には負担が大きすぎました。

一人で歩くことができないので、毎日大きな赤ちゃんをお世話している状態でした。

そんな時、いつも私の心に寄り添ってくださったのがY先生でした。

人は、心に余裕がある時には、誰かに相談することができます。

自分の気持を整理して、困っていることを伝えることもできます。

けれど、当時の私は何を相談したらいいのか、どこから相談したらいいのかわからないほど、不安定な精神状態でした。

当時の私は、三女が成長できるうちに私ができることをしっかりしてあげなきゃ。

それによって、この子の将来や人生が決まるかもしれない、と焦っている部分がありました。

そして、三女ができることが一つでも増えることによって私たちの老後の悩みも減るから、少しくらい自分が犠牲になっても三女のお世話をしっかりしなければという思いが強くありました。

その気持ちが、どんどん自分を追い詰めていったのだと思います。

そんなときY先生は、私が何も言わなくても私の気持ちを汲み取ってくださいました。

「お身体無理しないでください」「学校には先生もたくさんいますので、お一人で抱え込まなくて大丈夫ですよ」「お母さんのご要望お聞きして、学校でも〇〇さん(三女)が成長できること一緒に伸ばしていきましょうね」と、いつも優しい言葉で励ましてくれました。

Y先生は私より少し若いくらいの年齢で、お子さんの年も近かったので何でも相談でき、私の支えになってくれる先生でした。

悩んでいること、困っていることは何でもY先生にお時間をいただいて相談しました。

私の負担が少し軽くなるようにと、放課後デイサービスの調整や訪問看護さんのことを調べて紹介してくださいました。

時には、いろいろなことを思い出しながら相談している途中、涙がでてしまった私に、共感して一緒に涙を流してくださることもありました。

そして、いつも最後には私の体調のことを心配してくださる思いやりにあふれる先生でした。

Y先生の優しさは、ただ身体を心配してくださるだけではなく、私の心までそっと支えてくれました。

お二人の素敵な先生との出会い。

先生たちは、特別なことをしたという意識はなかったかもしれません。

目の前にいる子供と家族に、誠実に向き合ってくださっただけかもしれません。

けれど、苦しみの中にいた私たちにとっては、その優しさが人生を支えるほど大きな力になりました。

人は人を傷つけることがあります。

けれど、人の優しさによって救われ、もう一度前に進むこともできます。

私たち家族は今まで、苦しい出来事や悩みに向き合い、支え合いながら過ごしてきました。

家族で励まし合ったり、悩みを分かち合ったりしながら少しずつ困難を乗り越えてきました。

そして、いつもたくさんの方に支えていただいてここまで歩くことができました。

人は、苦しくて辛い時間を経験したからこそ、その時に支えてくれた人の優しさを、より深く心に刻むのだと思います。

やさしくかけてもらった言葉や、そっと寄り添ってくれた温かさは、時間がたっても消えることはありません。

むしろ、時間がたってからも何度も自分の心が思い出し、また、温かい気持ちにしてくれます。

いろんな方に助けてもらったことへの感謝の気持ちを忘れずに、これからは自分の経験を言葉にすることで、誰かの心を少しでも軽くすることができるようになれればいいなぁと思います。

誰かが苦しんでいるときに、その苦しみに気づける人でありたい。

助けを求められない人に、そっと声をかけてあげられる人でありたい。

そして、「あの人に出会えてよかった」と思ってもらえるような生き方ができれば幸せだなぁと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次のお話では、私が整理収納アドバイザーを目指そうと思ったきっかけをお話します。

苦しい時期を経験したからこそ、私は「暮らしを整えることが、心を整えることにもつながる」と気づきました。

その小さな気づきが、私の人生を新しい方向へ導いてくれました。

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