すべての始まりは、もう一度、三女と笑って暮らしたいという願いでした。三女が施設入所をしてから約半年。私は自分を責め、悩み続けていました。けれど、三女が親元を離れて頑張っているのに、私はただ落ち込んでるだけではいけないと気づきました。そして、暮らしを整えて、一日でも早く三女を迎えに行きたいと思っています。
こんにちはmihirimamaです。今回は私が整理収納アドバイザーを目指すきっかけとなった出来事についてお話したいと思います。絶望の底からつかんだ、新しい人生。どんな悩みにも、必ず終わりがくる。そして、「悩みは自分を成長させてくれる」と改めて感じました。
まずは、三女が施設入所をすることになった経緯と私が整理収納アドバイザーを目指したきっかけ、そして、今後、この経験をどのように活用していきたいかというお話をさせていただきたいと思います。
三女の施設入所を決めたきっかけは、私が障害児介護の限界を感じたことでした。家族が猛反対をする中、最終的には私の独断で施設入所を決めました。自分が倒れたらどうしよう、家族を支えられなくなったらどうしよう、当時の私はずっと悩んでいました。
三女が生まれてから、私は毎日、必死で子育てと介護を続けていました。障害児の子育ては、言葉では表しきれないほど大変です。常に不安と隣り合わせ、眠れない夜、終わりの見えない通院や介護、普通の子育てにはない難しさ、周りには理解してもらえない孤独。そして、一番悩んだのが娘のかんしゃく。何度も心が折れそうになりながら、日々過ごしていました。
3年前のある日の夕方、突然、児童相談所から2人の女性が自宅に来ました。インターホンが鳴ると、長女と次女が走って玄関に行きました。私も後から行くと、その二人の女性は娘たちの様子をじっくり観察しながらお話しているようでした。そして、「みんなどうしたぁ?」と言いながら、三女も一生懸命ずりばいをして玄関まできました。三女の様子もじっくり観察しているように見えました。
娘の泣き声や私たちの様子を心配した近所の方が、児童相談所へ連絡してくださったと話してくれました。
娘たちと少し会話をして、私にも何か困ってることはないか聞いてくださったのですが、突然、児童相談所の方が来てびっくりしてしまったため、何も話せませんでした。「何か困ったことがあったら、いつでも連絡してください」と、名刺をいただきました。
相談所の方が帰った後、長女が「ママ、虐待してると思われちゃったんじゃないの」と言い、次女が「ママ、警察に捕まっちゃうの、嫌だよぉ」と大泣きし、それにつられて、三女も大泣きしてしまいました。もちろん、虐待はしていませんが、日常の騒ぎを見れば、ご近所さんからそう思われてもおかしくない状況でした。
当時、長女6年生、次女3年生、三女1年生。長女は障害児の姉として学校でいじめを受けているストレスを家で爆発させたり、普段は三女の世話ばかりしている私が、長女に、勉強しなさい、片づけなさいと叱ることに、イライラして、私との衝突が多かったのでそれが原因だったのか?それとも、三女のことしか可愛がっていないと怒った次女が「私なんか生まれて来なければよかったんだ、いなくなればいいんだ」と家を飛び出したのが原因だったのか?機嫌が悪いとおむつ替えを嫌がる三女が「ママ、痛いやめて」と大騒ぎしたり、学校へ行くのを嫌がる三女を必死に抱えて連れて行くときに、「助けて助けて」と叫ぶ声が原因だったのか?心当たりは色々ありましたが…
それをきっかけに、困ったときは児童相談所へ行けばいいということを知りました。
それから、数カ月たった頃、私の身体の不調とともに将来への不安が日に日に大きくなっていきました。普通の家庭は子供が成長していくに連れて親の負担が減っていき、いずれは自立していく。親は自分たちの老後だけを考えていけばいい。けれど、障害児子育て(特に身体障害児)の場合は、親はどんどん老いていく一方で、子供は成長し、体格が大きくなり、介護の負担が増えていく。自分たちの老後の心配よりも子供との将来のことで不安がいっぱいになる。そして、いつか、この子を支えていけなくなるのではないかという不安が込み上げてきました。
私は児童相談所へ行って家庭の事情を話し、もしもの時のために施設入所の情報を聞き、検討しました。もし、私が入院したら?介護の限界がきて育てられなっくなったら?そして、私が一番怖かったのが虐待。どんなにかわいい我が子でも自分の精神状態がおかしくなればその可能性も出てくる。障害児の場合、その子の人生を決めていくのはすべて親の責任。その子がより自分らしく生きていけるためには、先を見据えて準備しておくことも大切だと思いました。そして、それは親の不安を安心に変えることでもあると思いました。
私は、三女の担当をしてくださっている相談支援専門員(プランナー)さんに相談して、娘がリハビリで通っている施設に連絡をとっていただきました。そして、家庭の事情を話し、すぐにではないけれど、必要になったときに施設利用できるように事前に申し込みをしました。
月日が過ぎて2年後、三女の介護に限界がきてしまいました。三女は普段から眠剤を飲んでも夜中に2〜3回起きるので、私も普段から睡眠不足でした。そこへ、身体の重くなった娘を抱きかかえての介護による肩こり腰痛などの身体症状。そして、機嫌が悪いとかんしゃくを起こして大暴れする娘を落ち着かせなければならない精神負担。全てが限界になり、数日間寝込んでしまいました。その間、三女を学校へ連れて行くこともできず、お世話をすることもできなくなり、仕方なく、長女と次女に小学校を休んで面倒を見てもらいました。
心身ともに疲れ果て、このままでは家族が崩壊すると思い、離れたくない気持ちを抱えながらも、三女の未来と家族を守るために、覚悟を決めて施設入所を選びました。
娘を送り出した日から、私の心には大きな穴がぽっかりと開いてしまいました。いつもそばにいた娘の姿がない。声も聞こえない。世話をする必要もなくなって気持ちがラクになると思ったのに「私がもっとしっかりした母親だったら娘を上手に育てられたかもしれない」「他にもっといい方法があったのではないか」「三女は母親に捨てられたと思って悲しんでいるかな」「お家へ帰りたいって泣いているんだろうな」いろんな思いが込み上げてきて自分を責め、心は少しも軽くなりませんでした。
娘のために選んだ施設入所でしたが、離れて初めて、娘の存在が私の日常に大きな部分を占めているということに気づきました。落ち込んで泣いている場合じゃない。家族でまた仲良く暮らしていけるために自分に今できることを必死に考えました。そして、たどりついた答えが家事をラクにして心にゆとりを持つこと。
いろんな本を読み、家事がラクになる方法を学びました。自分が一番苦手な整理整頓、片づけができるようになれば暮らしが少しずつ整うかもしれない。暮らしが整えば、心にも時間にもゆとりが生まれるかもしれない。心にゆとりが持てるようになれば、娘を迎えたとき、以前より穏やかな気持ちで一緒に暮らせるかもしれない。そう願っていろんな方法を試してみました。
そして、快適な空間が手に入ったときに感じました。今まで、何をしても駄目だと思っていた自分にもこんなにすごいことができたと。毎日嫌で嫌で仕方がなかった家事が工夫や仕組みでこんなに変わるのだと感動しました。
家事がラクになり、気持ちに余裕ができるようになると、私と同じように悩んでいる人の力になりたいと思うようになりました。そのためには専門的な知識をしっかり学び、自信を持って活動したいと思い、整理収納アドバイザーの勉強を始めました。
学生以来の猛勉強。最初は衰えた脳にちょっと手こずりましたが、覚えていくうちに自分の知らないことがどんどん知識として身について、それを実生活に活かせるようになり、楽しく勉強が進みました。この学びがいつか誰かの役に立つと思うとやる気も増して意欲が湧きました。
整理収納を学んだことをきっかけに、私は、家事全般についても学び始めました。クリンネストとして掃除を学び、食生活アドバイザーの勉強を通して、毎日の食事や健康についても考えるようになりました。
三女を迎えに行ってもう一度家族で暮らしたいという強い思いが、私に勇気と前に進む力をくれました。私がここまで頑張れたのは三女の存在があったからです。今度は、以前よりも心にゆとりをもって娘たちと向き合いたい。家事に追われてイライラするのではなく、娘たちの笑顔をゆっくり見つめられる母親になりたい。その思いが、何度もたち止まりそうになった私の背中を押してくれました。
今、私の周りでも悩みをたくさん抱えている人たちがいます。
両親と三女の介護負担で自分の身体を鍛えるために通い始めた「カーブス」ではいろんな方から老後の悩みなどをお聞きします。
娘の通っている支援学校では、私と同じように障害児子育てと自身の将来に不安を抱いている方のお話をたくさんお聞きします。
先日、就学前に通っていた発達支援センターから依頼をいただき出席した、先輩ママとの座談会では、障害児子育てを始めてばかりでたくさんの不安を抱えたママさんたちの悩みをお聞きしました。
そして、直接はお会いできないけれど、ブログを読んでくださっているみなさんの中にも悩みを抱えている方はたくさんいると思います。
生活を整えて家事をラクにすることで、その悩みがすべてなくなるわけではありませんが、少しでも気持ちを軽くして不安を減らしていただけるような発信をしていきたいと思います。

最後まで読んでいただきありがとうございます。
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