「周りからどう思われているのだろう?」「(幼少の頃)親から好かれるためにいい子でいなければ」「周囲の目が気になっていつもドキドキ」みなさんはこのような経験はありますか?私は、外にいるときは普通に人と接していますが、家に帰ってくると、「うまく話せなかったな」「変なふうに思われてないかな?」といつも自己嫌悪。「嫌われる勇気」を読んで初めて、「私は私のままでいいんだ」「ありのままの自分で接していけばいいんだ」という勇気をもらえました。
こんにちは。mihirimamaです。今回は「嫌われる勇気」 ④承認欲求を捨てる について私の感想をお話します。
書籍の中で、哲人も青年も親子関係がうまくいかなかったことを悩んで会話している場面があります。青年はずっと親の期待に応えることが大切だと育てられ、その反動で引きこもりや対人関係の悩みを持つようになりました。哲人も幼少の頃から親からの暴力を受けて悩んだ経験があると話しました。
アドラー心理学の中で、人生の中で生まれる対人関係は主に「仕事」「友人」「家族」の3つ。
「仕事関係」の場合は人間関係がうまくいかなかったり、その仕事が嫌になれば辞めて違う場所に転職することもできる。「友人関係」は気が合わないと思えば自分の気持ちを犠牲にしてまで付き合っていく必要はない。一番困るのは「家族関係」。夫婦関係なら離婚という選択肢もあるが、親子関係はそう簡単に切り離すことはできない。特に子供は親を選ぶことはできないのでより難しい。このような内容がありました。
私も子供の頃を振り返ってみると、親の機嫌を伺って、怒られないように、怒らせないようにと、いつも気を遣っている子供でした。経済的に苦しく両親は多忙だったので家の家事をするのは当たり前、親の副業の新聞配達も家計のためだと手伝わされ、高校進学も、家から一番近くの高校でいいからアルバイトを優先になどと、自分の意志で決めるということはあまりなく、親の敷いたレールの上を歩かされていました。
ただ、一度だけ親の反対を受けながらも、最後まで自分で決断したことがありました。それは大学への進学です。もっといろんなことを学びたいという気持ちと親元を離れて自分の力で生活したいという気持ちがありました。奨学金を借りて足りない分は親から借りて将来返していくということを条件に、自分の気持ちを大切にして、決断することができました。(ここから主人との遠距離生活も始まってしまったのですが…)←余談です(笑)
「嫌われる勇気」でいう「承認欲求を捨てる」とは、人に好かれるために生きるのをやめて、自分の人生を自分の基準で選ぶことが大切ということです。人から「認められたい」「褒められたい」「評価されたい」などの気持ちが強いと、自分の人生なのに、他人の顔色を見て生きることになります。
以前までの私は、いつも周りのことを気にして、なぜかビクビクして「こんなネガティブな自分は嫌だな、でも昔からそうやって育てられてきちゃったんだから今更変わりたいって思っても仕方ないか」とあきらめていました。
けれど、私の人生は私のもの。楽しく生きようとするのも悲しい気持ちで生きようとするのも自分次第。周りのことは気にしないで自分で生きたいように、後悔しないように生きなければ人生もったいない。そう思って「周りのことは気にしない、自分は自分」と思いながら行動してからは、なぜか、周りの人の温かさが感じられるようになり、人付き合いが楽しいものに変わっていきました。
自分の気持ち次第で人生って本当に変わるんだなぁと改めて実感しました。
そして、私が親になって子育てに試行錯誤を重ねながらも願っていることは、「自分の人生を自分でしっかり考えて歩んで行ってほしいということ」です。
自分で選んだ人生は自分に自信を持てます。
失敗してもそれは大切な経験となって自分を成長させてくれます。
本当にやりたいことを自分で選んでできることで楽しい人生を送ることができます。
そして、私にできることは子供たちが真剣に考えて決めた人生を応援しサポートしてあげることだと思いました。
そして、私自身も今までの先入観は忘れ、いろいろな情報を受け入れながら自分の頭でしっかり考えて自分の気持ちを大切にしながらこの先進んでいきたいと感じました。
最後まで読んでいただきありがとうございました。
整理収納や心の整理を通して、家事がラクになる暮らし・
心が軽くなる片づけを配信しています。
☆ インスタはこちら


コメント