「ADHD」は私の誇り〜私の弱さは誰かの希望〜

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忘れ物・ケアレスミス・注意散漫・時間にルーズ・片づけができない・失言・人間関係の悩み・人の話が理解できない・会話のキャッチボールが苦手・話がまとまらないなどなど、ADHDの人には多くの悩みがあります。もちろん、私もそのすべてが当てはまります。物心がついてからずっと悩み続けてきました。「どうして、みんなできるのに自分はできないのだろう」「失敗ばかり」「恥ずかしい」そんな自分が嫌いでした。けれど、そんな自分を受け入れ、自分なりの仕組みや工夫ができるようになり、人の悩みに寄り添えるようになった自分を今では誇りに思います。

こんにちは、mihirimamaです。悩みがあるときって本当に辛くて苦しいですよね。家事も育児もやる気が起きず、ボーッとしたり、ダラダラ考えながらやって中途半端になってしまう。一つ悩みが解決しても、なぜかまた違う所からやってくる。

今回は、私の生い立ちを通して、ADHDであることがわかり、それを誇れるようになったきっかけなどをお話したいと思います。

実を言うと、私は子供の頃の記憶があまりありません。ところどころのことは思い出せますが、子供たちから、「ママは子供の頃どんな子だったの?」「〇〇の時はどうしていた?」などと聞かれても会話がすぐに終わってしまいます。それなので、「パパは小学校の頃〇〇だったよ」「あ、これパパ好きだったな、懐かしいな」と、主人が子供たちと過去のエピソードを楽しそうに話しているのを見ると羨ましく思います。

わずかな記憶しか残っていませんが、それは印象が強かったことだと思うので、思い出しながらお話したいと思います。

私の家庭はとても貧しく、両親がずっと働いていてあまり遊んでもらった記憶がありません。両親の帰りが遅く、夜はいつもバタバタ。新聞配達をしていたので早寝早起き。高学年になると私も手伝わなければならず、学業との両立が大変でした。

母は、教育に厳しい人でした。母の作った勉強を終わらせないと遊べない。私は怒られるのが怖くて頑張ってやっていましたが、勉強が嫌いな妹はいつも大騒ぎしてしまい、母に怒られて、私もその横でビクビクしていました。今考えると、ずっと親の敷いたレールの上を歩かされていた気がします。

私が特に恐怖だったのは、「忘れ物」。部屋がいつもぐちゃぐちゃだったので、忘れ物・なくし物だらけ。担任の先生から母に連絡がいき、すごい剣幕で怒られる。部屋が汚い、だらしないから忘れ物をするのだと。

母はきっちりした性格なので、家はいつも整い、時間管理も厳しい。その反対に私はだらしなく、いつも適当。「なんでそんなこともできないの」「そんなんでこれからどうするの」と叱られてばかり。片づけ方もきれいを維持する方法も教えてもらってもできないので、とりあえず、みんなのいる空間だけは自分の物を散らかさないようにし、自分の部屋へ「ポイッ」と投げ込んでいました。

時々、母親が部屋のチェックをしに来るので、片づけ方のわからない私はとりあえず、押し入れに入れて、部屋の見た目を整える。そして、必要な物がなくなり、また、押し入れから引っ張り出して探す。本当に困りました。

落ち着きがないのも私の特徴でした。いつもふわふわしていて、特定の子よりも、あちこち回っていろんな子と一緒にいたり、授業中も椅子には座っているけれど、そわそわしたり・・・園児の頃からその傾向があった私は、集中力をつけるため、小学校の間はずっと剣道を習っていました。なぜか剣道をしている時は長時間の正座もちゃんとでき、練習中の集中力もすごかったようで、両親も不思議に思っていました。私自身も、剣道で普段のストレスを発散できて楽しく続けられていました。多分、好きなことには過集中、苦手なことは気が散ってしまうのですね(悲)

中学生の頃は勉強も部活も一生懸命に取り組みました。でも、残念なことにお勉強が好きなのに全然頭に入らないのです。(悲)時間があればずっと勉強をしていたのですが、やっぱり、好きな教科はどんどんできるのに、嫌いな教科は全くやる気が起きない(悲)数学と英語ばかりやって、国語と理科はやってもやってもわからない。たとえ、得意科目でも、ずっとやり続けていないとすぐに忘れて覚え直し。とっても苦労しました。

そして、高校生、大学生の頃になると自分と周りの人との違いが気になりました。小学校や中学校で仲のよかった友達と会って思い出話をしても、私だけ話の輪に入れないのです。「そんなことあったけ?」と思い出せず、「〇〇の時、どうしたんだっけ?」と忘れていて、友達に聞いて思い出す。私の面白エピソードなども色々話してくれるのだけれど、みんなで笑っていても、私は思い出せず、みんなに合わせて一緒に笑う。けれど、そんな関係もだんだん疲れていき、誘われても断るようになってしまいました。

私の頭はおかしいのかなぁ?何かの病気なのかなぁ?と不安になりました。

勉強をしてもすぐに忘れてしまう、話の内容も覚えてない、頭の中もぐちゃぐちゃ、言葉もうまく出てこない。「もしかして、私は若年性アルツハイマー!?それとも脳の病気!?」そんな不安がよぎり、脳神経外科を受診。けれど、異常なし。おかしいなぁ、おかしいなぁと思いながらその後も過ごしていました。

社会人になり、企業で働き始めてからもその傾向はずっとありました。最初の配属先は金融の窓口対応。来客数の多い支店だったので、次々に顧客の書類がたまり、残業の日々。事務ミスをしないか常にドキドキしながら働いていました。事務ミスで謝罪に行くことも多く、仕事が終わらず休日出勤の日々。精神的にも肉体的にも疲労が多く大変でした。

働き始めてからは今まで以上に他の人との差が感じられるようになりました。「普通の人が普通にしていることが私にはできない。やっぱり私は普通じゃないんだ。」そう思って再度、脳神経外科を受診。MRI・認知機能検査をやっても異常なし。私の脳はいったいどうなっちゃってるのか・・・

結婚して、子供が生まれてからは更に困惑の日々。自分のことだけでいっぱいいっぱいだったのに、夫・子供…

もちろん、幸せな日々を感じられていたのですが、私が母親になれるのか?子供を育てることができるのか?常に不安を抱えていました。

そして、数年後、ついに限界がきてしまいました。

家事・育児・両親介護・障害児子育て・仕事・そして、自分自身の大きな悩み。

毎日毎日生きた心地のしない日々を過ごしました。夫からは「仕事と家庭(子供たち)どっちが大切なんだ」と言われ、当時同居していた義母からは、「もっと子どもたちを大切にして、面倒をしっかり見てあげて」と言われ、両親からは「迷惑ばかりかけて申し訳ない。けれど、自分たちだけではどうすることもできないから助けてくれ」と言われ、そして、職場からは、「正職員としてしっかり給料をもらっているのだから、家庭のことは家庭でうまくやって、できるだけ職場に迷惑かけないようにしてほしい」と言われ、どうしていいかわからない状態でした。

大学に通っていた頃の奨学金の返済も残っていたので、経済的にすごく困っていましたが、家族を守るため、仕事を辞めました。

仕事を辞めれば少しは落ち着くと思っていたのですが、なぜか、生活は回っていきませんでした。

きっとその時の私は精神状態がおかしくなっていたのだと思います。家は片づかない、食事づくりが嫌でしょうがない、実家へ行ってお世話をするのも疲れた、そして、ギャーギャー騒ぐ子どもたちと大きな赤ちゃん。「仕事を辞めたのにどうしてできないの」と責めてくる夫。限界でした。

両親も子供も脳の病気があるので、自分もきっと脳に異常があるのだろうと、助けを求めてすがる思いで病院受診。紹介状を書いてもらいながらいくつかの病院を回っていろんな検査をしても、脳に異常なし。これだけ家庭事情が複雑だから、精神的な問題かもしれないと言われ、紹介状をいただき精神科を受診。そこでやっと自分がADHDであることが判明しました。

このとき、「どうしよう、困った」という驚きや不安はなく、やっと自分を理解してくれる場所に出会えたという安心の気持ちが強かったです。そして、カウンセリングや認知行動療法などを学び、少しずつありのままの自分を受け入れられるようになりました。

そして今、私は胸を張って言えます。「ADHDは私の誇り」

ADHDは私に、人の痛みを教えてくれたもの。暮らしを工夫する力を与えてくれたもの。自分がたくさん悩んできたからこそ、今困っている人の気持ちがわかるようになりました。人には、目には見えない苦しさがあるということも。

自分は何をやってもだめだと苦しんでいる人。周りから理解してもらえず一人で涙を流している人。

そんな人に私は伝えたいです。

できるようになるために何度も考え、何度も立ち上がってきたあなた、誰にも見えないところで頑張ってきたあなたを褒めてあげてください。

暮らしを整えて、あなたらしい生活、家族が笑顔で楽しく暮らせる仕組みを一緒に考えていきましょう。

私の過去の失敗や苦しみは今の私を作ってくれた大切な経験。

これからはADHDであることを隠して生きるのではなく、その経験を誰かのために役立てながら生きていきたい。

ADHDとともに悩み、工夫し、何度も立ち上がってきた経験は、私の大切な財産です。

たくさん悩んだ私だからこそ、伝えられることがある。不器用な私だからこそ、寄り添える人がいる。ADHDの私だからこそ、救える心がある。

だから私は今、心から言えます。

「ADHD」である自分を誇りに思っています。

最後まで読んでいただきありがとうございます。

次のお話では、重い障害をもって生まれた娘が、私たち家族に教えてくれた「命の大切さ」についてお話します。

同じように障害児子育てで悩んでいる方の心に、少しでも寄り添えたら嬉しいです。

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